経営戦略論の捉え方

近年の経営戦略論は、ポジショニング・アプローチ、資源アプローチ、学習アプローチなどの分類がなされており、どのアプローチ方法が適切なのかは環境によって異なるという考え方が広まってきている。しかし、その内容は誤解が生じやすいように思える。確かに環境によって戦略を変える必要があるのは事実だが、「アプローチ方法 = 戦略」と捉えられていることに問題がある。

科学分野の多くがそうであるように、経営学においても理論を構築するためにものごとを単純化し、余計な要素を排除(所与に)している。ひとつの現象に対して複数の異なる理論があると理論同士が対立しているように見えてしまうが、視点が異なるだけで共存可能であることも多々ある。ポジショニング・アプローチも資源アプローチも学習アプローチも共存可能だ。ものごとを単純化するために分けて考えているだけなのである。

極端なことを言えば、意思決定者がポジショニングだけを考えても、それを実現させる資源がなければ実行に移すことはできないし、組織が何も学習しなければ現在のポジションから抜け出すことなどできない。逆に、膨大な資源を所有していても、それをうまく活用できる市場や方法を見つけることができなければ宝の持ち腐れとなる。つまり、アプローチ方法とは戦略全体の部分を示しているに過ぎない。

ミンツバーグらの計画的戦略と創発的戦略についても考えてみよう。「経営戦略論の分類」のページでも記述したが、彼らは、戦略はこの2つに分類できるがどちらか一方だけの戦略というのは存在しないとしている。安定している市場でポジショニング戦略を実行しているからといって、何も学習せず、計画や行動を修正しなくても持続的な成功が得られるということにはならないということである。

因みに、「マイケル・ポーター = ポジショニング」と考えられがちであるが、『競争優位の戦略』(マイケル・ポーター著)では、組織内部のシステムや技術などについても言及している(これらを含めてポジショニングと呼ぶ場合もある)。


戦略策定プロセスの要素として理解する

そもそも創発的戦略は「行動の1つひとつが集積され、そのつど学習する過程で戦略の一貫性やパターンが形成される戦略」となっている。言い換えると「戦略を作成するための学習、またはデータ収集」となる。

経営学の書籍によくでてくるものとして、ホンダがアメリカのバイク市場に参入したときの事例がある。

当時のアメリカでは大型バイクの市場があり、ホンダは数人の社員をアメリカに派遣し市場に参入しようとした。しかし、アメリカ人は高速で長距離を乗り回すため、ホンダのバイクはこれに耐えられず壊れてしまい、思うようにシェアを伸ばすことはできなかった。

そんな状況の中で日本人のスタッフは、気晴らしや移動手段として50ccのスーパー・カブに乗っていたところ、何人かの人から「それはどこで買えるのか」と聞かれ、小型バイクにもニーズがあることを知り、市場も販売経路も確立されていない中で販売し成功している。

ホンダは後の取材で、最初から明確な戦略があったわけではないとコメントしている。しかし、戦略と呼ぶには頼りないが、大型バイクの市場という方向性はあったはずである。やってみてダメだったから他の方法に切り替えるという創発的とも言える方法だが、最終的には小型バイクの新たな市場を築くというポジショニングに帰結している。つまり、計画や方向性の変更、あるいは別の戦略が立ち上がったのである。結果だけを見れば「最初の方向性が間違っており、最初から小型バイクの市場を狙うべきだった」となるのだが、市場も需要もなかったわけだから、十分な情報が得られなかったのである。

この事例から得られることは「何も考えずに実行する」ことではなく「実行によって得られる情報を活用する」ということである。戦略を立てる、実行し情報を収集する、必要であれば情報に基づいて戦略を修正あるいは戦術を変更するという一連のプロセスになる。計画的戦略と創発的戦略の共存である。既存データの分析結果だけでは新しいものは生み出せないし、直感だけではバイアスがかかり大きな損失を負いかねない。

これはアプローチ方法による分類にも言える。だれに何を提供し、それが市場ではどのようなポジションになるのか(ポジショニング)、その提供するものをつくるためにどのような資源が重要となるのか(資源)、その資源はどのように生み出されるのか、あるいはどのように生み出すのか(学習)というように、それぞれが一連のプロセスの中のひとつの要素であることが分かる。アプローチ方法の違いというのは、このプロセスの順番の違いであり、ポジショニングが先か資源が先かといったスタート地点の違いでしかない。

資源アプローチの第一人者とも言えるジェイ・バーニーは自著の中で、「リソース・ベースト・ビューとVRIOフレームワークは、個別企業の競争状況を分析するという観点から、・・・『5つの競争要因』による分析や・・・『機会』の分析と補完関係にあると言える」(ジェイ・B・バーニー 『企業戦略論【上】基本編―競争優位の構築と持続』 岡田正大訳、 ダイヤモンド社、2003年、280頁)と述べている(5つの競争要因による分析と機会の分析は、ポジショニング・アプローチの代表的な分析フレームワークである)。

このように、各アプローチ方法を戦略全体のひとつの部品として捉えると、経営戦略論はクリアにみえてくる。

定義の違い

上記はあくまで私の考えで、実際の経営戦略論では数々の論争が巻き起こっている。もしかするとその原因は当事者達にしかわからないのかもしれないが、根本的な要因のひとつとして、それぞれが考えている戦略の定義の違いが論争を生み出しているように思える。

1970年代、80年代の日本の製造業は業務改善によってコストと品質を両立し世界的な革命をもたらしているが、90年代以降も日本企業の考え方は変わっていないようにみえる。これに対して経営戦略論の第一人者とも言えるマイケル・ポーターは「ほとんどの日本企業には戦略がない」「共倒れを招きかねない戦いから逃れようというのであらば、日本企業は戦略を学ばなければならない」(ハーバード・ビジネス・レビュー編集部編『ハーバード・ビジネス・レビューBEST10論文』 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部訳、 ダイヤモンド社、2014年、297-298頁)としており、業務改善と戦略を分けて考えていることがわかる。また、創発的戦略を戦略とは捉えていないようである。

一方でミンツバーグらは『戦略サファリ』の中で「日本企業は戦略を学ぶどころか、ポーターに戦略のイロハを教えてあげるべきではないか」「戦略とは無数の行動と意思決定の中に見いだされるパターンである」としている。しかし彼らは、ポーターの理論のすべてを否定しているわけではなく、状況によって適切なアプローチ方法は異なるという理論を提唱しており、特定の状況下ではポーターの理論が適合するという考えももっている。

ジェイ・バーニーは『企業戦略論【上】基本編―競争優位の構築と持続』の中で「本書においては戦略をいかに競争に成功するか、ということに関して一企業が持つ理論」としており、戦略をかなり広い範囲で捉えていることが分かる。ただし『企業戦略論』は戦略論の包括的なテキストとして書かれたものなので、バーニーの真意であるかどうかはわからない。

視点の違い

上述したジェイ・バーニーの定義は現実をよく表している。その企業がもつ体系的知識(理論)をもとに、競争に成功する方法を考えるわけだから、当然といえば当然である。

経営戦略を外部の人間が見たときに観察可能な部分は、行動や選択である。しかし、行動や選択は結果であり、戦略そのものを表しているというよりは、戦略の部分に過ぎないだろう。経営戦略論におけるいくつか理論が「パターン化あるいは定式化された行動が戦略である」「自分の行動を振り返りそれを戦略と結論するのである」としているが、これらは明らかに企業の行動を外部から観察したものであり、記述的である。創発的戦略も部分的にはここに含まれるであろう。

経営戦略における記述的な理論は、他の企業がどのような行動をとるのかを分析するのには役に立つが、自分あるいは自分の企業がどのような行動をとればよいのかについては何も教えてはくれない。

一方で、ポーターの理論は、5つの競争要因の関係性によって業界の構造が決まるとしており、この前提をもとに各議論がなされている。これは「実際にどうなっているのか」ではなく「どうするべきか」「どうすれば競争に勝てるのか」を示したものであり、規範的である。もちろん、その前提が誤りであれば理論そのものが成り立たなくなる可能性もあるが、そこでの議論が無駄になるわけではない。

一方が実際の企業の行動あるいは行動に対する認知パターンを示しているのに対して、もう一方は競争環境の構造からどのような行動を取るべきかを示している。これらは方法論という観点から見れば、心理学的アプローチ(特に行動主義)と経済学的アプローチという違いでもある。

このような捉え方は極端なのかもしれないが、いずれにせよ記述的理論と規範的理論を同じ土俵で議論させること自体に無理があるだろう。


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