競争業者の分析

競争の戦略策定におけるもっとも主要な部分のひとつは、競争相手と自分の分析である。

孫子曰わく「彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆うからず。彼れを知らずして己れを知れば、一勝一負す。彼れを知らず己れを知らざれば、戦う毎に必ず殆うし。」(『新訂 孫子』 金谷治訳注、岩波書店 岩波文庫、2000年、52頁)

相手のことも自分のことも知らずに戦いを挑むのは、一種のギャンブルともいえる。多くの企業は「自分の組織のことや競争業者のことは知り尽くしている」という思い込みをもっているため、分析を行わずに戦略を立てようとして誤った方向へ進んでしまう。業界全体に関するデータは比較的得られやすいが、競争業者に関するデータは得られにくく、その量も膨大になることも要因のひとつとして挙げられる。

競争業者に関する情報というは、基本的には公開されないもののほうが多い。そのため、日常的に得られる断片的な情報によって直感的に判断してしまう。人は自分の仮説を立証するような情報ばかりが目についてしまうため、場当たり的に情報収集をしてしまうと誤った方向へ進みやすい。情報収集は体系的なやり方で行われなければ、バランスのとれたデータは得られないのである。また、一回の収集で十分なデータをそろえるのは困難であるため、継続的なデータ収集が必要となる。

マイケル・ポーターは『競争の戦略』の中で、競争業者分析の基本的なフレームワークとして4つの要素に注目している。このフレームワークは競争業者の分析だけではなく、自社の分析にも適用できる。

将来の目標は通常は戦略の一部となるわけだが、ポーターは同書の中で「競争業者分析では、目標と現在の戦略を分離したほうが分析上有効と思われる」(M・E・ポーター 『新訂 競争の戦略』 土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳、 ダイヤモンド社、1995年、75頁)と述べている。意図しているかどうかは別として、公表されている目標と実際の行動が異なっている企業は多い。そのため、将来の目標と現在とられている行動を結びつけようとすると無理が生じることもあるので、別々に考えていくことは適切であるように思える。


将来の目標

競争業者がどこを目指しているのかが分かれば、行動を予測しやすくなる。現在の地位や利益水準に満足しているのか、市場シェアをもっと拡大しようとしているのか、こちらが特定の行動をとった場合にどのような反応を示すのかなどを推測できる。

将来の目標は、企業全体のものから事業単位や部門ごとの目標、あるいは管理者個人の目標もある。これらは必ずしも一致するとは限らないので、各レベルごとに目標を把握する必要がある。

業績面での目標は何か

これはもっとも分かりやすい指標のひとつである。これは公表されているものとされていないものがあるわけだが、どちらにしても何を重視し、何に目をつむるのかが表れやすい。また、重視しない要素に対するリスクをどのように考えているのかも重要である。

どのような理念や方針をもっているのか

これも公表されているものとされていないものがあり、過去の業績から推測できることもある。理念や方針が分かっていると、どのような行動をとりやすいのかが予測しやすい。

どのような組織構造になっているか

組織全体の構造や、各責任者がどのような経歴をもっていてどのような権限を与えられているのか、経理や管理などのシステムはどのようになっているのかなどである。その組織構造は何を得意とし、何を苦手とするのかが分かれば、何を目標としているのかがわかりやすいし、また、相手がどのような行動をとるのかが予測しやすく、その行動に対しての準備もしやすい。

取締役や役員あるいは管理者などで、方向性や目標が一致しているか

所謂派閥などがある場合、公表されている目標ではなく、別の目標や戦略で動いている集団がある可能性も考えられる。

業務上の契約や法規制などにしばられているか

他社との契約によって特定の活動ができない場合、戦略や目標が限定されることもある。

現在の戦略

戦略の分類については「3つの基本戦略」や「業界内部の構造分析」などを参考にして欲しい。

仮説

ここでの仮説は、競争業者が自身をどのように捉えているのか、競争業者が業界と同業他社をどのようにみているのか、という競争業者の視点でものごとを考えることである。考える要素として以下のようなものが挙げられる。

これらは、その競争業者の歴史や経営者の経歴、経営に関わっているコンサルタントやアドバイザーなどの特徴からも読み取ることができる。

能力

競争業者の強みと弱みである。さまざまな分析を行って競争に勝てる見込みがあるとしても、相手の得意な分野で勝負をすれば多くの資源を失ってしまう。戦略の基本は、より少ない資源でより大きな効果を得ることである。つまり、自社の長所でなおかつ相手の弱点となる分野で勝負をすることが理想となる。

強みと弱みには、マーケティングや販売能力、研究開発能力、生産能力、経営能力など非常に沢山の種類がある。これらは業界の構造によって、長所となる場合もあるし弱点となる場合もある。「5つの競争要因」で分析した結果が、長所となるか弱点となるかのひとつの指標となる。

競争業者の個別の強みと弱みについては業界によっても異なるし、かなりの数になるのでここでは省略する。詳しく知りたい方は、マイケル・ポーターの『新訂 競争の戦略』96頁に一覧表として掲載されているので、そちらを参考にして欲しい。

ここでは能力の特性別にみていく。

核となる能力

他の企業よりも高い利益を生み出している場合、その企業は何らかの核となる能力をもっている。それは単体の能力かもしれないし、複数の能力の組み合わせによって生み出されているものかもしれない。また、その能力は一時的なものなのか持続的な優位性をもたらすものなのかも重要となる。つまり、その能力を維持したり発展させるための能力も分析に組み込む必要がある。

核となる能力は、業界構造に適合することによって優位性をもたらしているため、業界構造が変化した場合にその優位性がどのように変化するのかも分析しなければならない。特に新しい業界では、イノベーションによって業界構造が一変することが珍しくないため、この分析を怠ると命取りになる。

分析ポイントをまとめると以下のようになる。

変化への対応と一貫性の能力

能力というのは技術力や生産プロセスだけではなく、環境の変化に素早く柔軟に対応できるのかどうか、核となる戦略がブレずに一貫性をもち続けられるのか、というのも組織能力のひとつである。変化に対応することと一貫性を持ち続けることは一見矛盾するようだが、核となる戦略とは核となる能力を活かした方法であり、その範囲内で柔軟に対応できるかということである。

環境の変化に素早く対応するには、すぐに使える資金が必要になる。その企業が現在どの程度の資金をもっているのか、あるいはすぐに借り入れられる資金はどの程度かなどである。また生産キャパシティに余裕がある場合にも素早く対応できることもある。

経営資源

能力がどのように獲得されるのかを考えると、能力とは「経験や技術、ノウハウ、組織文化などの情報の集合体を、人や組織が用いることによって得られる効果」であるといえる。つまり、どのような情報をもっているかによって潜在的な能力を知ることができる。この考え方を適用すれば、現状では何らかの経営資源が足りないために優位性の高い能力を発揮できてはいないが、将来的にその足りない経営資源を獲得した場合に、その能力を獲得できるという分析が可能になる。

VRIOフレームワーク

これらの能力や経営資源が強みなのか弱みなのかを判断するツールとして、ジェイ・バーニーの「VRIOフレームワーク」がある。このフレームワークは以下の4つの問いによって構成されている。

経済価値に関する問い

その能力や経営資源が、その企業の外部環境に適応するのかどうかである。能力や経営資源には絶対的な価値があるわけではなく、環境との関係によって決まる相対的なものであり、その環境で用いられることで価値が生み出されるのかどうかということである。

稀少性に関する問い

経済価値のあるその能力や経営資源をもっている企業はどのくらいあるのかである。どの企業でも当たり前のようにもっている能力や経営資源は強みにはならない。他の企業にはないからこそ強みとなるのである。

模倣困難性に関する問い

その能力や経営資源は模倣が容易なのかどうかである。どんなに価値があり稀少であっても簡単に模倣できるものであれば、その稀少性は失われ価値も下がってしまう。

模倣には、その能力や経営資源をそのまま複製する直接的模倣と、他の方法を用いて同じ効果を得る代替的模倣がある。代替的模倣も結果としての効果が同じであればその稀少性は失われる。

ジェイ・バーニーの『企業戦略論(上)』では、模倣する際のコスト上の不利をもたらす要因として「独自の歴史的条件」「因果関係不明性」「社会的複雑性」「特許」の4つを挙げている。ここでは少し視点を変えて以下の3つに分類するが、内容に大きな違いはない。

まず挙げられるのは模倣するのに必要なコストである。模倣するために必要な能力や経営資源を現時点でどの程度保有しており、保有していないものを得るためにどの程度の資金と時間が必要になるのかである。経営資源の中には、非常に長い期間を経て企業内部で自然に発展していくものも存在しており、これを短期間で人為的に獲得しようとすると莫大なコストがかかることもあり、このような経営資源は模倣困難性が高いといえる。

2つ目は社会的制約である。特許によってその技術が使えない場合がまず考えられる。これは使用許諾が得られれば使えるが、使用料に対して十分な効果が得られなければ模倣は困難となる。ただし代替的模倣は可能であり、特許によって方向性が明確化されるため、代替的模倣は促進されるという指摘もある。特許の他にも、模倣することによってブランドイメージが損なわれたり社会的信用を失うなど、暗黙的な制約があることもある。

3つ目は因果関係不明性である。その企業に優位性をもたらしているものが何なのか特定できない、あるいは理解できない場合である。これは、優位性をもたらしていると考えられる要因が複数あり単独の要因に絞り込めない場合と、複数の要因の相乗効果によって優位性が生み出されている場合が考えられる。模倣しようにも因果関係がわからなければ何を模倣すればよいのかわからないため、模倣困難性は高いといえる。

組織に関する問い

その能力や経営資源が十分に活用できるように組織されているかどうかである。どんなに優れた経営資源をもっていても、それを活かす組織構造になっていなければ宝の持ち腐れといえる。


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